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易(えき)と気学(きがく)の歴史

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易はいつ頃生まれたのか…?


今から15,000年ほど前思想として生まれたそうです。場所は中国の長江流域。 
農業が生まれてきたころと、あい前後して生まれたようです。
農耕牧畜は5000年前ころから始まったと言われていますが 中国では、どうも10000年前…いや それよりずっと前にはじまったのだろうと言われています。

狩猟採集の生活から 農耕牧畜の生活に代わる事で『気』の概念がうまれてきました。
いつ種を蒔き いつ収穫すると良いのか 気候の巡りや天気の事 まずそれがわかる人が 
多くの収穫を得ることができ豊かになり 貧富の差ができるようになってきたのです。
そんな背景から 易(気)の基本的な考え方が生まれました。

易(気) は 三人の天才と三つの時代によって完成されてゆきました。

一人目の天才   伏義 

基本的な考えを作ったのは 伏義 (ふぎ)という人です。
この人は伝説上の人物といわれていたり いえいえ実存してたんだといわれてたり…
正直、事の真偽は分かりませんが、私は居たのではないかと思っています。
なぜなら この伏義という人は5500年前(BC3500年)の 夏 の時代 まだ文字も何もない時代に
画象という「絵」にして 易の基本 となった考えを残しました。 それが河図洛書というものです。

二人目の天才  文王

伏義から1500年経った 現在から4000年前(BC2000年)の 周 の時代の王様 文王 が
この絵に文章をつけていきました。  

三人目の天才  孔子 

さらに文王から1500年経った 2500年前(BC5世紀) (お釈迦様と同じ時代) 
孔子は易の十翼と言われる非常に格式高い文章を残していて
易を占いとか天体学とかといったものを超えて哲学にまで昇華させました。

その後も数々の天才たちを経て

西暦248年 春秋時代に 王弼(おうしつ)があらわれます。 
この王弼は17歳~23歳の5~6年で教えを布教します。
孔子から王弼に、その後程伊川、朱熹、王陽明などの数々の天才たちによって、
占術として、そして哲学として、また帝王学として発展していきました。

気学は易の一部

易→「え」「き」 の「き」=気=気学
易の中の“気”の部分だけ取り上げたものです。
それが日本に来たのは 遣唐使 の時代で、聖徳太子、空海、道元、荻生徂徠など。
様々な偉人たちがバトンを繋いでくれた最も先端の時代に、私たちは今立っているのです。

園田真司郎という人

気学=風水で  正式名称は『九星気学風水』といいますが 
実は この段階になっても まだ気学という言葉は使われてなかったそうです。
九星気学風水としてまとめ上げた人は園田真次郎先生といって、大正から昭和にかけて
活躍された人です。
九星術や陰陽五行、十干十二支など、バラバラに伝えられていたそれぞれの教えを、
一つの体系だった学問にまとめられました。

易 気学は 哲学であり帝王学だった

5000年以上にわたる 易 気学の流れをざっくり書いてみました。
長い歴史の中で多くの天才や偉人たちの手で進化を繰り返し、伝えられてきた 易・気学ですが
残念ながら これまでは、「帝王学」として特別な人々にしか伝えられていませんでした。
しかし現代に生きる 私たちはそれらを学び日々の生活に活用できるようになったのです。 

これから一緒に

目に見えないものだけど きちんと知って生活に取り入れて生きていくのと 知らないでいるのでは驚くほど大きな差がうまれてきます。

気のバイオリズムに乗っていろいろな行事や発言をされていて 全てに気学を活用されているの事が伝わって来るのが 皇室です。
名だたる大きな会社の社長さん 経営者 政治家 芸能人 の中には気学を取り入れて活動されている方も多く見受けられます。

ここで出会ったご縁、あるいは何か感じるものがありましたら チャンスなんだと思います。
この素晴らしい叡智を これから一緒に学んでみませんか?

 

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